番外編①:「なぜIT人材が去っていくのか?」〜需要増の裏に潜む、IT業界の”本当の課題”〜

皆さん、こんにちは。株式会社リインフィット代表取締役の田邉です。

前回のコラムでは、IT人材が今後も大幅に不足していくという国の予測についてお話ししました。
DX(デジタルトランスフォーメーション)の加速や少子高齢化といった社会構造の変化がその背景にあるのは間違いありません。しかし、「なぜ人が採れないのか?」という問いに対し、今回は少し視点を変えて、「なぜIT業界から人が去っていくのか、あるいはIT業界を避ける人がいるのか」という、より本質的な問題に迫ってみたいと思います。


「人材の取り合い」が加速するIT市場の現実と、IT人材の”本当の課題”

前回の記事でもお話ししましたが、IT人材は今後も大幅に不足していく見込みです。

このような状況下で、IT人材はまさに「取り合い」の状態にあります。
DX推進やIT活用のニーズが高まる一方で、ITスキルを持つ人材は限られているため、企業は競ってIT人材を採用しようとし、条件面(給与、福利厚生、働き方など)を優遇する傾向にあります。

しかし、IT人材の側から見ると、彼らが職場を去る、あるいはIT業界を避けるには、いくつかの根深い理由があります。特に、給与水準の推移は、この業界の課題を浮き彫りにします。

例えば、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」によると、システムエンジニアの平均年収は、令和5年(2023年)で約557.6万円、また、プログラマーでは約425万円です。

過去の年収推移を見てみると、例えばプログラマーの平均年収は、2004年には厚生労働省の調査で約346.6万円でしたが、2014年には約430.7万円、そして2023年は前述の通り約425万円
同じくシステムエンジニアも、2004年の約500.5万円から、2014年の約546.5万円、2023年の約557.6万円と、50万~100万近く平均年収が上がっています
しかし、現代ではその需要の増加ほどには劇的な変化は見られません。

このような給与・待遇への不満に加え、様々な転職サイトや調査機関のアンケート結果から、IT人材が離職を考える主な理由として、他にも以下のような「生の声」が聞こえてきます。

  • 1. 過剰な「属人化」と「責任の押し付け」(一人情シスの現場)
    多くの中小企業で「一人情シス」という体制が散見されます。
    これは、ITに関するあらゆる業務(システム選定から導入、トラブル対応、セキュリティ、ヘルプデスク、資産管理など)をたった一人で担う状況です。
    「何か問題が起きれば、全て自分に責任がのしかかってくる」
    「休日夜間でも携帯が鳴れば心臓が飛び跳ねる思いだ」
    といった声は少なくありません。 ノウハウが個人に集中し、その人が休んだり、退職したりすれば業務が完全にストップする「事業継続リスク」に直結します。
    現場の担当者は常に大きなプレッシャーと孤独を感じているのです。 経営者や人事部の皆さん、「あの人がいるから大丈夫」で本当に大丈夫でしょうか?
  • 2. 「形のないもの」を扱うストレスと、理解されない苦悩
    ITシステムは、目に見えない形で企業の根幹を支えています。だからこそ、障害対応や不具合対応では、どこが原因か掴みにくく、原因究明に多大な精神的・身体的負荷がかかります。
    「原因不明の不具合で徹夜が続く」
    「体を壊すほど追い詰められた」
    という話も珍しくありません。 また、ITに理解のないクライアントや社内ユーザーからは「なぜできないんだ」「〇〇なら簡単だろう」といった無茶な要件や理不尽な要求を受けることもあります。
    「どれだけ説明しても分かってもらえない」という無力感は、彼らの心に大きな負担となります。
    実は私自身も、過去に板挟みになり、心身のバランスを崩して休職した経験があります。
    当時は本当に辛かったですが、この経験があるからこそ、現場で奮闘するIT人材の苦労が痛いほど理解できます。
  • 3. 多重下請け構造と予算削りの”闇”
    特にシステム開発の世界では、多重下請け構造が常態化しているケースも少なくありません。
    元請けから下請け、さらにその下の孫請けへと依頼が流れる過程で、予算が削られ、納期が厳しくなり、末端のエンジニアに過酷な労働条件が集中することがあります。
    「適正な評価や対価が得られない」「どんなに頑張っても報われない」と感じ、業界を去る決断をする人もいます。
  • 4. 「ギスギスした人間関係」と「高すぎるプライド」
    プログラマーやエンジニアの中には、自身の技術力や知識に高いプライドを持つ人も多くいます。
    これは良いことでもありますが、時に「そんなことも知らないの?」「能力が低いのにそんなもらってるのか?」といった、他者(特に外注や派遣社員など)を見下すような言動や、蹴落とし合うようなギスギスした職場環境を生むことがあります。
    競争心が行き過ぎて排他的になったり、外部の人材に対する不信感が生まれたりすることで、チーム全体の士気が低下し、結果的に新しい人材が定着しにくい雰囲気を作ってしまうことも、残念ながら実際に起こり得ます。
    一見、競争心があるのは良いことのように見えても、これが建設的な協力関係を阻害し、互いを孤立させる「闇」となるケースも少なくないのです。

「辞めさせない」ための積極的な取り組みの重要性

このような背景から、IT人材は非常に流動性が高く、企業側は採用だけでなく、いかにして既存のIT人材に長く活躍してもらうか、つまり「辞めさせない」ための戦略が不可欠になっています。
優秀なIT人材を一度獲得しても、彼らが定着しなければ意味がありません。むしろ、離職者が増えれば増えるほど、企業は採用コストやノウハウ喪失のリスクを負うことになります。

そのため、多くの企業が「辞めさせない」ための取り組みに力を入れています。これは、単に引き止めるという意味合いだけでなく、IT人材が自社で長く、意欲的に働き続けたいと思えるような環境を積極的に構築していくことを指します。

具体的な取り組みとしては、以下のような点が挙げられます。

  • 給与・評価制度の透明化と改善
    市場価値に見合った報酬体系を整備し、個々のスキルや貢献度を正当に評価する仕組みを導入する。
  • 柔軟な働き方の提供
    リモートワーク、フレックスタイム、ワーケーションなど、IT人材が生産性を高く保ちつつ、ワークライフバランスを重視できる環境を整備する。
  • キャリアパスの明確化と成長機会の提供
    スキルアップのための研修制度や資格取得支援を充実させ、将来のキャリアパスを描けるように支援する。新しい技術への挑戦や、より責任のあるポジションへの登用機会を設ける。
  • 心理的安全性の高い職場環境の構築
    コミュニケーションを活発化させ、意見が言いやすい雰囲気を作る。ハラスメントの撲滅、多様性を尊重する文化を醸成する。
  • 非IT部門との連携強化と理解促進
    IT部門が「何をやっているか分からない」という状況をなくし、会社全体でITの重要性を理解し、協力する文化を育む。これにより、IT担当者の孤立感や板挟みのストレスを軽減する。

このように、IT人材の「取り合い」が激化している現状では、単に「人がいない」と嘆くだけでなく、いかにして人材を惹きつけ、育て、そして手放さないかという視点が、経営戦略において極めて重要になっているのです。

今、変わるべきは・・・?

IT人材不足という問題は、単に「人がいない」という数だけの問題ではありません。その背景には、働く人々のモチベーションやキャリアパス、そして組織のあり方そのものが深く関わっています。

大切なのは、現場のIT人材の声に耳を傾け、彼らが抱える課題を経営課題として捉えることです。
彼らが安心して、そして意欲的に働ける環境を整備することが、結果として優秀なIT人材を惹きつけ、定着させる一番の近道だと私は信じています。

このコラムが、皆様の会社で働くIT人材、あるいはこれから迎えるかもしれないIT人材への理解を深め、より良い職場環境を築くきっかけとなれば幸いです。

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